【製造業の破産手続】倒産時の注意点と特徴的なこと
製造業を営む企業が経営難に直面したとき、資金繰りの悪化や債務超過だけでなく、設備や在庫、取引先との関係、従業員の処遇など、複雑な問題が同時に押し寄せます。
こうした状況下で「破産」の二文字が頭をよぎったとしても、どこから手をつけるべきか、何を優先すべきか判断に迷う経営者は少なくありません。
本記事では、製造業ならではの破産手続における特徴や注意点、一般的な手続の流れ、破産以外の再建手段、さらには経営者個人の保証債務への対応まで、包括的に解説します。
製造業の破産手続の特徴と特有の負債
製造業が破産を検討する際には、他業種とは異なる特有の資産や債務、業務構造が関係してくるため、注意すべきポイントがいくつか存在します。
製造設備の所有形態とその扱い
製造業では、大型の工作機械や専用設備など、高額な機械装置を用いた生産活動が一般的です。これらの設備が会社所有か、それともリース・レンタルかによって、破産時の対応が大きく変わります。
リース物件であれば、契約に従い返却が必要になりますが、自社所有の設備については、破産財団の一部として売却または管理人による引継ぎが行われます。売却の判断をする際には、市場価格を踏まえた適正評価が重要となるため、専門家との連携が不可欠です。
在庫資産の管理と処分方針
製造業では、完成品のほか、原材料や仕掛品などの在庫を多く抱える傾向があります。これらの資産についても、所有権や保管状況、契約関係を正確に把握しておく必要があります。
特にOEM契約や製造委託契約が絡む場合、勝手な処分が契約違反となるリスクも否定できません。売却を行う場合には、複数の業者から見積を取るなど、適正価格での処分を客観的に証明できる形を整えておくとよいでしょう。
売掛債権の整理と対応
破産を検討する時点で未回収の売掛金がある場合、それも会社の資産として回収する必要があります。しかし、製造業では損害賠償や返品を理由に相殺を主張されるケースが少なくありません。
そのため、各取引先との契約書や請求・支払履歴を事前に整理し、反論や相殺の可能性がある事項については、あらかじめ対応策を検討しておくことが求められます。こうした下準備が、後の管財人による債権回収をスムーズに進める助けとなります。
許認可・行政手続への注意
製造業の中には、酒類、医薬品、化学品など、国の許認可を受けて操業している事業も存在します。こうした場合、破産による事業終了とあわせて、廃業届や許認可の返納など、所管官庁への届出が必要となります。
許認可事業においては、行政手続を怠ったことが原因で罰則や行政指導の対象となることもあり得るため、破産準備と並行して、適切な時期に行政対応を進めていく姿勢が重要です。
製造業の破産手続の流れ
製造業が法人破産を申し立てる場合も、基本的には他業種と同様に裁判所を通じた法的手続きを踏む必要があります。ただし、工場の稼働停止や設備の処分、在庫の管理、従業員の雇用対応など、製造業特有の事情を踏まえた慎重な判断が求められます。
ここでは、一般的な破産の流れを、製造業の実務に即してわかりやすく整理します。
① 弁護士への相談と対応方針の決定
資金繰りの悪化や継続的な赤字に直面した場合、まずは破産手続に精通した弁護士に相談することが第一歩です。
製造業では高額な設備投資がなされていることも多く、売却や処分方法、在庫の扱いによっては破産以外の選択肢が見えてくる場合もあります。
再建型手続(民事再生や私的整理)を検討する余地があるかどうかも含め、早期に専門家と連携して方向性を固めることが重要です。
② 破産申立てに向けた準備
破産を選択する方針が固まったら、申立てに必要な資料の整理と社内体制の確認に入ります。
製造業では、機械設備・原材料・仕掛品・製品在庫など、多様な資産が存在しており、これらの在庫や資産状況を正確に把握することが準備段階の大きなポイントとなります。
また、破産準備中であることが社外に知られると、取引先が混乱したり、資産の差押えに出るおそれもあるため、慎重かつ秘密裏に対応を進める必要があります。
従業員を雇用している場合には、解雇の時期や未払賃金の扱いについてもあらかじめ検討しておきましょう。労働者健康安全機構の未払賃金立替払制度を活用できる可能性があるため、制度の利用要件も視野に入れておくと安心です。
加えて、取締役会設置会社であれば破産申立て前に取締役会決議を行い、議事録を準備する必要があります。ただし、名義貸しなどで実質的に経営に関与していない役員が登記されていることもあり、そのようなケースでは「準自己破産」という制度を利用して、一部の取締役のみで手続きを進めることも可能です。
③ 裁判所への破産申立て
準備が整ったら、管轄の地方裁判所に対して破産手続開始の申立てを行います。通常は弁護士が代理人として申立を行うため、代表者が裁判所へ直接出向くことは基本的にありません。
また、製造業の経営者が会社の借入に対して個人で連帯保証をしていることも多く、そのような場合には法人とあわせて経営者個人の破産申立ても同時に進めるケースが一般的です。
④ 債務者審尋(必要な場合)
裁判所が申立てを受理した後、状況に応じて「債務者審尋」が行われることがあります。これは、裁判官や破産管財人候補が、破産の経緯や財産状況について詳細を確認する場です。面談形式で行われる場合もあれば、書面による回答で済むこともあります。
この審尋の出席は義務であり、正当な理由なく欠席した場合には、手続の進行に悪影響を及ぼす可能性があるため、確実に対応しましょう。
⑤ 破産手続開始決定と破産管財人の選任
審尋を経て破産原因が認められた場合、裁判所は「破産手続開始決定」を出し、あわせて破産管財人を選任します。以降、会社の財産は破産財団として管理され、代表者による勝手な処分は認められなくなります。
製造業では設備・倉庫・在庫・取引債権など、対象となる財産の種類が多岐にわたるため、管財人・弁護士・会社代表者との三者面談が行われ、今後の対応方針についてすり合わせが行われます。
⑥ 債権者集会
手続開始からおよそ3か月後を目安に、裁判所で「債権者集会(財産状況報告集会)」が開かれます。この場では、破産管財人がこれまでの調査結果や資産処分の進捗状況などについて報告を行います。
会社の代表者も弁護士と共に出席し、必要に応じて説明を求められることがあります。手続の内容によっては1回で終了する場合もありますが、処理が複雑な事案では複数回に及ぶこともあります。
⑦ 配当と手続終了
破産管財人によって資産の換価が完了し、配当可能な金額が確保された場合には、債権者に対する配当が実施されます。
一方、財産が乏しく配当ができないと判断された場合には、その旨の報告とともに破産手続が終了します。
手続が終了すると、法人格は法律上消滅し、会社としての活動は完全に終息します。
破産以外の手続について
製造業の経営が行き詰まった場合でも、破産だけが唯一の選択肢とは限りません。
状況によっては、会社を残しつつ債務を整理し、再建を目指すための法的・私的な手段が用意されています。特に「民事再生」や「任意整理(私的整理)」は、資産を保持しながら事業の立て直しを図る方法として活用されるケースも少なくありません。
ここでは、それぞれの手続について、製造業における特徴と留意点を簡潔にご紹介します。
民事再生手続
民事再生は、裁判所を通じて債務の一部を圧縮し、事業を継続しながら再建を図る手続です。再生計画案を提出し、債権者の過半数以上の同意を得ることで、負債の減免を受けながら会社の経営を立て直すことが可能になります。
製造業では、生産設備・技術ノウハウ・従業員といった経営資源をそのまま維持できる点が大きなメリットです。特に、取引先との契約やサプライチェーンが広範囲にわたる企業では、営業活動を継続できることが信用保持にもつながります。
一方で、民事再生は法的手続であるため、申立を行えば官報公告や報道などにより、外部に情報が公開されてしまいます。その結果、仕入先が取引を控えたり、金融機関の与信が引き下げられたりといった事態が起きる可能性があります。信用リスクが重視される製造業では、こうした影響を事前に十分見越しておくことが欠かせません。
個人への保証債務がある場合の製造業経営者の債務整理
製造業を営む法人が破産を検討する際に、経営者が必ず確認すべきなのが、自身の「個人保証」の有無です。
中小規模の製造業では、設備投資や原材料の大量仕入れ、運転資金の確保などを目的に、金融機関からの融資を受ける際、経営者が会社の債務について連帯保証を求められているケースが非常に多くあります。
このような保証債務がある場合、会社の破産とは別に、経営者個人の債務整理も必要となる場面が出てきます。
法人の破産と同時に個人破産が必要となるケース
会社が支払い不能となれば、借入金の返済責任は保証人である経営者に移ります。つまり、法人が破産しても、その負債の影響は経営者個人の資産に直接及ぶということになります。
特に製造業では、機械設備の導入や原材料の一括仕入れなどで高額な資金が動くため、保証債務の総額も膨らみやすい傾向にあります。その結果、法人の破産だけでは対応しきれず、経営者自身も個人として自己破産を申し立てる必要に迫られるケースが多く見受けられます。
状況によっては別の債務整理方法を選べることも
とはいえ、すべてのケースで自己破産を選択しなければならないわけではありません。
たとえば、保証している債務が限定的であったり、経営者個人に一定の収入や資産がある場合には、「個人再生」や「任意整理」など、他の手続きを検討できる余地もあります。
中でも任意整理は、債権者との交渉を通じて返済条件の変更や一部減免を目指すもので、裁判所を介さずに対応できる点が大きな特徴です。そのため、手続が周囲に知られにくく、対外的な信用への影響を最小限にとどめながら債務整理を進めることができます。
「経営者保証に関するガイドライン」による債務整理
さらに「経営者保証に関するガイドライン」に基づく債務整理を利用できる場合もあります。これは、金融機関との協議によって保証債務を整理する私的整理手続で、裁判所の特定調停を利用する手続と中小企業活性化協議会の支援を受けて行う手続の2種類があります。
主なメリットとしては、次のような点が挙げられます。
- 一定の生活費や華美でない自宅などを手元に残せる可能性がある
- 信用情報機関に登録されず、クレジットカードやローンの利用制限を避けられる
- 破産よりも社会的信用を保ちやすく、再起業や生活再建につながりやすい
もっとも、利用には注意点もあり、次のような制約があります。
- 対象は原則として金融機関の債権に限られる
- 全金融機関の同意が必要で、多数決は認められない
- 破産よりも多くの回収が見込めるなど「経済的合理性」が要件となる
製造業は取引規模が大きく、保証債務も高額になりやすいため、破産だけでなく、このガイドラインを選択肢として検討する意義は大きいといえます。法人破産と併せて利用可能かどうか、早めに弁護士に相談することが重要です。