ひき逃げ被害の補償|加害者不明でも請求できる4つの先と手続きの進め方を弁護士が解説
ひき逃げで加害者が分からなくても、補償を受ける道はあります。主な請求先は、健康保険・労災保険、自分や家族の人身傷害保険、無保険車傷害保険、そして国の「政府保障事業」の4つです。
なかでも政府保障事業は、加害者不明の被害者を支える最後の受け皿で、損害保険会社や共済組合の窓口で請求できます。ただし請求には3年の期限があり、犯人が見つかるのを待っている間も進んでいきます。
この記事では、事故直後にやるべきことから、4つの補償の使い方、政府保障事業の手続きと期限、犯人が見つかったときの切り替えまでを、順を追って解説します。
監修:弁護士 林 克樹
林総合法律事務所
ひき逃げに遭ったら最初にすべき3つのこと
ひき逃げの直後は、ケガの痛みや動揺で、冷静に動くのが難しいものです。それでも、最初の対応は、その後に補償を受けられるかどうかに大きく関わります。
まずは「警察への届出」「加害車両の情報の確保」「医療機関の受診」の3つを優先してください。
①必ず警察に「人身事故」として届け出る
ひき逃げに遭ったら、すぐに110番通報し、人身事故として届け出てください。
警察に届け出ていないと、交通事故証明書が発行されません。国土交通省も、人身事故に遭った事実を証明できず、政府保障事業の補償を受けられないことがあると注意を呼びかけています。
事故の直後は痛みがなく、物損事故として処理されていたときでも、あとから人身事故に切り替えられる可能性があります。ただ、日がたつほど事故とケガの関係を説明しにくくなるので、診断書を持って早めに警察署へ相談しましょう。
②加害車両の特定につながる情報をその場で確保する
加害車両の情報は、犯人の特定に役立つだけでなく、補償を請求するときの資料にもなります。ナンバー(一部だけでもかまいません)、車種、色、逃げた方向などを、記憶が新しいうちにメモしておきましょう。
自分の車にドライブレコーダーがあれば、映像が上書きされないように保存してください。目撃者がいるときは、名前と連絡先を聞いておくと、事故の状況を説明する助けになります。
近くの店舗や住宅の防犯カメラに、事故の様子が映っていることもあります。こうした映像は一定期間で消えてしまうことが多いため、心当たりがあれば早めに警察へ伝えておくと安心です。
③その日のうちに医療機関を受診する
痛みが軽くても、その日のうちに病院を受診してください。むち打ちなどは、時間がたってから症状が出ることも少なくありません。
事故から受診までの間が空くと、事故とケガの関係を説明しにくくなるおそれがあります。政府保障事業でも、診断書や診療報酬明細書は欠かせない書類です。
受診のときは、ひき逃げで加害者が分からないことを病院に伝え、健康保険で治療を受けたいと申し出ましょう。交通事故でも健康保険は使えるので、遠慮する必要はありません。
ひき逃げの検挙率は約7割|「見つかる前提」と「見つからない前提」を同時に走らせる
ひき逃げの犯人は、多くの事件で見つかっています。とはいえ、最後まで見つからない事件が一定数あるのも現実です。
だからこそ、犯人が見つかったときの準備と、見つからなかったときの準備を、同時に進めておくことが大切です。
令和5年のひき逃げ事件の発生は7,183件、検挙率は72.1%。死亡事故に限れば検挙率はおおむね9割を超える
法務省の「令和6年版犯罪白書」によると、令和5年のひき逃げ事件の発生件数は7,183件でした。このうち、検挙に至った割合(全検挙率)は72.1%です。
被害者が亡くなった事故に限ると、検挙率はおおむね90%を超える高い水準で推移しています。重大な事故ほど、徹底した捜査が行われているといえるでしょう。
(出典:法務省「令和6年版犯罪白書」)
裏を返せば、約3割は検挙に至っていない
全体の検挙率が約7割ということは、単純に計算すると、残りの約3割は検挙に至っていないことになります。死亡事故や重傷事故に比べると、軽いケガの事故は検挙率が低い傾向にあります。
「犯人はいずれ捕まるだろう」と思って待っていても、最後まで加害者が分からないことは十分にありえます。
だから「犯人が見つかるのを待つ」のではなく、補償の手続きを並行して進めるのが正解。
犯人が見つかれば、加害者やその保険会社に損害賠償を請求できます。一方で、見つからなければ、自分の保険や政府保障事業に頼ることになります。
どちらに転んでもよいように、捜査は警察に任せつつ、補償の手続きは並行して進めましょう。政府保障事業には原則3年の請求期限があり、待っている間も期限は進み続けます。
加害者が不明でも使える補償は4つ|使う順番で整理する
加害者が分からないひき逃げでも、使える補償は主に4つあります。健康保険・労災保険、自分や家族の人身傷害保険、無保険車傷害保険、そして政府保障事業です。
それぞれ役割が違うため、何のために、どの順番で使うのかを整理しておくと迷いにくくなります。
全体像:補償を使う順番のフローチャート
一般的には、次の流れで考えると整理しやすくなります。
- 【事故直後】警察に人身事故として届出+病院を受診
- 【当座の治療費】健康保険(仕事中・通勤中なら労災保険)で治療を受ける
- 【自分・家族の任意保険を確認】人身傷害保険/無保険車傷害保険
- 【保険がない・足りないとき】政府保障事業に請求
- 【犯人が見つかったら】加害者の自賠責保険・任意保険、加害者本人に請求
もっとも、人身傷害保険と政府保障事業のどちらを先に使うかは、被害者が自由に選べると国土交通省は案内しています。ただし、同じ損害について両方から重ねて受け取ることはできません。
どちらを先に使うのがよいかは、ケガの程度や加入している保険の内容によって変わります。
①【治療費の当座資金】健康保険・労災保険を先に使う
「交通事故では健康保険が使えない」と思われがちですが、交通事故のケガでも健康保険は使えます。ひき逃げで請求できる相手がいないときも同じです。
仕事中や通勤中の事故であれば、労災保険を使えることがあります。労災保険では治療費の自己負担が原則としてかからず、仕事を休んだ期間の補償を受けられる可能性もあります。
国土交通省も、ひき逃げの被害者には、病院で健康保険や労災保険を使うよう申し出ることをすすめています。政府保障事業には限度額があるため、社会保険を使わずに治療費がかさむと、限度額を超えた部分が自己負担になるおそれがあるからです。
健康保険を使うときは、加入している健康保険組合や市区町村に「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。提出先や書式は保険者ごとに異なるので、早めに問い合わせておきましょう。
②【自分・家族の任意保険】人身傷害保険——ひき逃げでは主力になる
人身傷害保険は、事故でケガをしたときに、相手からの賠償を待たずに自分の保険会社から保険金を受け取れる補償です。相手が分からないひき逃げでは、頼りになることが多いといえます。
保険金は、保険会社の約款で定められた基準で計算されます。治療費のほか、休業による損害や精神的な損害なども対象になり、後遺障害が残らなかったケガでも使えるのが特徴です。
注意したいのは、補償される範囲が契約のタイプによって違う点です。自分の車に乗っているときだけを補償するタイプでは、歩行中や自転車に乗っているときのひき逃げは対象外になることがあります。
自分が入っていなくても、同居の家族の保険で補償を受けられる可能性もあります。家族の保険証券もあわせて確認してみてください。
③【自分・家族の任意保険】無保険車傷害保険——使える場面が限られる
無保険車傷害保険は、相手が任意保険に入っていないなどの理由で、十分な賠償を受けられないときに保険金が支払われる補償です。加害者が分からないひき逃げも、補償の対象に含まれるのが一般的です。
ただし、支払われるのは、被害者が亡くなったときや後遺障害が残ったときに限られます。ケガが治り、後遺障害が残らなかったときには、原則として使えません。
人身傷害保険も契約していると、そちらから優先して支払う仕組みにしている保険会社もあります。どちらが使えるかは、契約している保険会社に確認しましょう。
④【最後の受け皿】政府保障事業
政府保障事業は、ひき逃げや無保険車の事故で自賠責保険に請求できない被害者のために、国が損害をてん補する制度です。
自賠責保険と同じ限度額の範囲で支払われ、健康保険などから給付を受けた分は差し引かれます。他の手段では救済されない被害者を支える「最後の受け皿」といえるでしょう。
ケガの治療費や休業損害、慰謝料だけでなく、後遺障害や死亡による損害も対象です。一方で、自分の保険にはない独自のルールもあるため、使い方を知ったうえで請求することが大切です。
【費用の問題】弁護士費用特約
弁護士費用特約は、弁護士への相談料や依頼費用を保険会社が負担してくれる特約です。自分の自動車保険だけでなく、家族の自動車保険や火災保険などに付いていることもあります。
加害者が分からない段階で、政府保障事業や自分の保険への請求に特約を使えるかどうかは、約款によって扱いが異なります。一方、犯人が見つかって加害者に損害賠償を請求するときは、特約を使えることが多いでしょう。
使えるかどうか迷ったら、まず保険会社に「ひき逃げの件で弁護士費用特約を使えるか」を確認してみてください。
人身傷害保険/無保険車傷害保険/政府保障事業の比較表
3つの補償は、使える場面や金額の決まり方がそれぞれ異なります。違いを一覧にすると、次のとおりです。
| 人身傷害保険 | 無保険車傷害保険 | 政府保障事業 | |
|---|---|---|---|
| 補償の対象 | ケガ・後遺障害・死亡(補償される人や場面は契約による) | 死亡・後遺障害 | ケガ・後遺障害・死亡(人身損害のみ) |
| ケガだけ(後遺障害なし)で使えるか | 使える | 原則として使えない | 使える |
| 支払われる金額の性質 | 約款の基準で計算した損害額(保険金額が上限) | 約款に定める方法で計算した損害額(保険金額が上限) | 自賠責保険の基準に準じた額。限度額があり、社会保険の給付などは差し引かれる |
| 自分の過失があるとき | 原則として過失分も含めて支払われる | 過失分が差し引かれるのが一般的 | 過失が7割以上と大きいときなどに限って減額 |
| 翌年の等級への影響 | 多くの保険会社でノーカウント事故(等級は下がらない) | 多くの保険会社でノーカウント事故 | 自分の保険ではないため影響しない |
※補償の範囲や等級の扱いは、保険会社や契約内容によって異なります。実際に使えるかは、保険証券や約款で確認してください。
政府保障事業の使い方|窓口・必要書類・4つの落とし穴
政府保障事業は、加害者不明のひき逃げ被害者にとって大切な制度です。ただ、自賠責保険とは違う独自のルールもあるため、仕組みを知らずに請求すると、思っていたより受け取れる金額が少なくなることがあります。
政府保障事業とは
政府保障事業は、自動車損害賠償保障法(自賠法)にもとづき、自賠責保険から支払いを受けられない被害者を国が救済する制度です。対象になるのは、加害者が分からないひき逃げ事故や、自賠責保険に入っていない無保険車による事故などです。
支払いの基準は、自賠責保険の支払基準に準じています。そのうえで、健康保険や労災保険の給付、加害者側からの支払いを受けてもなお残る損害を、国が最終的に穴埋めする仕組みです。
被害者に過失があっても、それだけで支払額が減るわけではありません。自賠責保険と同じく、被害者に重大な過失があるときに限って減額されます。ただし、被害者の一方的な過失による事故は対象外です。
なお、請求できるのは被害者本人(亡くなったときは相続人など)に限られ、加害者側から請求することはできません。
請求窓口は損害保険会社・共済組合の各支店窓口。保険代理店では受け付けていない
政府保障事業の請求は、損害保険会社や共済組合の全国の支店などの窓口で受け付けています。受付や支払い、調査の実務は保険会社などに委託されていて、支払額は国が審査して決める仕組みです。
窓口になる保険会社・共済組合の一覧は、国土交通省のホームページで公開されています。自分が自動車保険を契約している会社に限らず、一覧にある会社の窓口で相談できます。
注意したいのは、保険代理店では受け付けていない点です。普段やり取りしている代理店ではなく、保険会社や共済組合の窓口に直接連絡しましょう。
必要書類
政府保障事業の請求では、法令で定められた書類を提出する必要があります。国土交通省が案内している主な書類は、次のとおりです。
- 損害のてん補請求書、請求にあたっての申告事項
- 本人確認書類
- 人身傷害補償保険(共済)へのご請求に関する確認書
- 交通事故証明書(人身事故扱いのもの)
- 事故発生状況報告書、同意書
- 診断書、診療報酬明細書(入院用・入院外用)
- 通院交通費明細書
- 後遺障害診断書(後遺障害を請求するとき)
- 死体検案書または死亡診断書、戸籍謄本など(死亡を請求するとき)
- てん補額支払指図書(振込依頼書)
このほか、休業損害証明書や領収書など、損害を証明する書類が必要になることもあります。多くの様式は窓口に用意されているので、まず窓口に連絡し、自分のケースで必要な書類を確認してください。
書類を提出できないと、損害の一部または全部がてん補されないことがあります。とくに、治療を受けたすべての病院の診断書と診療報酬明細書が求められる点には気をつけましょう。
てん補の限度額は自賠責保険と同額(傷害120万円/後遺障害は等級別に75万〜4,000万円/死亡3,000万円)
政府保障事業で支払われる金額には、自賠責保険と同じ限度額があります。被害者1人あたりの限度額は、次のとおりです。
| 損害の区分 | 限度額 |
|---|---|
| 傷害(ケガ) | 120万円 |
| 後遺障害 | 等級に応じて75万円〜4,000万円 |
| 死亡 | 3,000万円 |
後遺障害の4,000万円は、常に介護が必要な第1級に限られます。随時介護が必要な第2級と、介護を要しない第1級は、いずれも3,000万円が上限です。
この金額はあくまで「上限」で、必ず受け取れる額ではありません。実際の金額は、治療費や休業損害、慰謝料などを自賠責保険の基準に準じて計算し、そこから健康保険の給付などを差し引いて決まります。
後遺障害の分を受け取るには、等級の認定が必要です。症状が残っていても、診断書や検査結果などの医学的な資料から後遺障害と認められなければ、等級がつかないこともあります。
落とし穴①:健康保険・労災などの社会保険給付は差し引かれる
健康保険や労災保険などから給付を受けるべきときは、その金額は政府保障事業の支払いから差し引かれます。自賠責保険にはない、政府保障事業ならではのルールです。
たとえば、治療費のうち健康保険が負担した7割分は、政府保障事業からは支払われません。被害者が請求するのは、自分で負担した3割分や、休業損害、慰謝料などになります。
一見すると損をするように感じるかもしれません。しかし、健康保険を使えば治療費の多くを健康保険が負担してくれるので、治療費がかさんで限度額を超え、超えた分が自己負担になるリスクを抑えられます。
落とし穴②:仮渡金の制度がない
自賠責保険には、損害額が決まる前でも、当座の費用として一定額を受け取れる「仮渡金」という制度があります。しかし、政府保障事業には、仮渡金にあたる仕組みは設けられていません。
国土交通省の案内でも、ケガ(傷害)についての請求は「治療を終えた日」から行うものとされています。治療中の治療費や生活費は、健康保険や自分の保険などでつないでいく必要があります。
落とし穴③:物損は一切対象外
政府保障事業の対象は、死亡やケガなどの人身損害だけです。車やバイク、自転車の修理代、壊れた衣服や携帯電話などの物損は、対象になりません。
物損については、自分の車両保険などで補えないかを確認することになります。
落とし穴④:他の保険から受け取った賠償的な給付とは重複して受け取れない
政府保障事業は、他の手段では救済されない被害者のための制度です。そのため、人身傷害保険のように実際の損害を補う保険から保険金を受け取っていると、その分は差し引かれます。
国土交通省も、人身傷害保険と政府保障事業から二重に支払いを受けることはできないと案内しています。自分の任意保険からすでに損害の支払いを受けているときは、政府保障事業の対象にならないこともあります。
どちらに請求するのがよいか迷うときは、保険会社の担当者や弁護士に相談しながら決めるとよいでしょう。
支払いまでの期間は、公的な目安がない
政府保障事業の支払いまでにかかる期間について、国が示している標準的な目安はありません。事故の状況や損害額の確認に時間がかかることもあり、一律に「何か月で支払われる」とはいえないのが実情です。
法律上も、事故の内容や損害額を確認するために必要な期間がたつまでは、国は支払いが遅れたことの責任を負わないとされています(自賠法73条の2)。
支払いまで時間がかかることも見込んで、当面の生活費の準備も考えておきましょう。勤務先の健康保険に入っている方は、仕事を休んだ期間について傷病手当金を受け取れる可能性があります。
支払後、国は加害者を特定できれば求償する(自賠法76条)=被害者が肩代わりする制度ではない
政府保障事業は、国が加害者に代わって被害者に支払う「立替払い」のような制度です。国は、支払った金額を限度として、被害者が加害者に対して持っている損害賠償請求権を引き継ぎます(自賠法76条)。
そのうえで、犯人が見つかれば、国が加害者に支払った分を請求します。被害者が後から国にお金を返すわけではなく、加害者が負うべき責任を国が代わりに追及する仕組みです。
見落としやすい時効|「犯人を待つ」と間に合わなくなる理由
ひき逃げの補償で特に注意したいのが、請求の期限です。加害者本人への請求と、政府保障事業への請求とでは、期限の数え方がまったく違います。
ここが決定的:加害者本人への5年は犯人が判明するまで起算しないのに、政府保障事業の3年は犯人が見つからなくても進み続ける
交通事故でケガをしたときの、加害者に対する損害賠償請求権は、損害と加害者を知ったときから5年で時効にかかります(民法724条、724条の2)。ひき逃げで加害者が分からない間は、原則としてこの5年はスタートしません。
ただし、事故の日から20年がたつと、加害者が分からないままでも請求できなくなります。
一方、政府保障事業の請求期限は3年です。国土交通省の案内では、傷害は事故発生日から、後遺障害は症状固定日から、死亡は死亡日から、それぞれ3年以内とされています。こちらは、犯人が見つかったかどうかに関係なく進んでいきます。
| 請求先 | 期限 | いつから数えるか |
|---|---|---|
| 加害者本人 | 5年(人身損害) | 損害と加害者を知ったとき(ただし事故から20年が上限) |
| 政府保障事業 | 3年 | 傷害:事故発生日/後遺障害:症状固定日/死亡:死亡日 |
「犯人が捕まってから考えよう」と待つと、加害者への請求権は残っているのに、政府保障事業だけを失うという事態が起こりうる
加害者への請求の期限は止まっていても、政府保障事業の期限だけは進んでいくため、思わぬ事態が起こりえます。犯人が見つからないまま3年がたつと、加害者への請求権は残っていても、政府保障事業には請求できなくなるおそれがあるのです。
その後も犯人が見つからなければ、結局どこからも補償を受けられないことになりかねません。治療が長引いていても、傷害についての期限は事故の日から進みます。期限が近づいてきたら、治療中であっても早めに窓口や弁護士に相談しましょう。
なお、自分の人身傷害保険への保険金請求にも、原則として3年の期限があります(保険法95条)。こちらも、保険会社に早めに連絡しておくと安心です。
時効の完成が近いときの手当て(時効の更新・完成猶予)
時効には、期限の進行を一時的に止めたり、ゼロから数え直したりする仕組みがあります。法律上は「完成猶予」と「更新」と呼ばれます。
加害者に対する請求であれば、裁判を起こしたり、加害者が支払う義務を認めたりすると、時効の完成猶予や更新が生じます。内容証明郵便などで支払いを求めたときは、そこから6か月間、時効の完成が猶予されます。
政府保障事業や自分の保険への請求で、期限を延ばすためにどのような手続きが必要かは、ケースごとに確認が必要です。期限が迫っているときは、書類がすべてそろうのを待たずに、まず窓口や弁護士に相談してください。
犯人が見つかったらどうなる?請求先の切り替え
犯人が見つかれば、加害者本人や加害者の保険に損害賠償を請求できるようになります。ただ、どの段階で見つかったか、加害者がどんな保険に入っていたかによって、その後の流れは変わります。
まだ政府保障事業に請求していない場合
加害車両に自賠責保険が付いていれば、政府保障事業ではなく、加害者の自賠責保険に請求することになります。加害者が任意保険にも入っていれば、その保険会社と示談交渉を進めるのが一般的な流れです。
一方、加害車両が自賠責保険に入っていない無保険車であれば、引き続き政府保障事業に請求できる可能性があります。
すでに政府保障事業から支払いを受けていた場合
政府保障事業から支払いを受けていたときは、その金額の範囲で、加害者への請求権が国に移っています。そのため、同じ損害について加害者から重ねて受け取ることはできません。
もっとも、政府保障事業で支払われるのは、自賠責保険の基準に準じた金額です。裁判で使われる基準で計算すると、慰謝料などはこれより高くなることが少なくありません。実際の損害が受け取った額を上回るときは、足りない部分を加害者に請求できる可能性があります。
人身傷害保険から保険金を受け取っていたときも、受け取った分との調整が必要になります。二重取りにならないよう、何をいくら受け取ったかを整理しておきましょう。
救護義務違反(ひき逃げ)は慰謝料の増額事由として考慮されることがある
ひき逃げは、ケガ人を助けずに立ち去るという悪質な行為です。そのため、裁判では、ひき逃げをしたことが慰謝料を増やす事情として考慮されることがあります。
ただし、増額が認められるかどうか、どの程度増えるかは、事故の状況や事故後の加害者の態度などによって変わります。ひき逃げであれば必ず慰謝料が増額される、というわけではない点に注意してください。
見つかった加害者が任意保険に入っていなかった場合
加害者が任意保険に入っていないときは、まず加害者の自賠責保険に請求し、それを超える損害を加害者本人に請求することになります。自賠責保険にも入っていなければ、政府保障事業の対象になる可能性があります。
気をつけたいのは、加害者本人に支払う能力がないと、示談で金額が決まっても実際に回収するのが難しい点です。分割払いの約束を書面に残したり、裁判で判決を得て強制執行に備えたりと、回収まで見すえた対応が求められます。
後遺障害が残ったときや、被害者が亡くなったときは、自分や家族の無保険車傷害保険が使える可能性もあります。
当て逃げ(物損のみ)の場合|車の修理代はどうなるか
ケガ人がおらず、車などの物だけが壊された当て逃げでは、補償の考え方が大きく変わります。頼りになるのは、主に自分の車両保険です。
なお、当て逃げのつもりでも、あとから首や腰に痛みが出ることがあります。体に異変を感じたら、すぐに受診して、人身事故への切り替えを検討してください。
政府保障事業も自賠責保険も物損は一切対象外。
政府保障事業も自賠責保険も、補償の対象は人身損害だけです。車の修理代や代車費用などは、どちらからも支払われません。
加害者が見つかれば、加害者本人や加害者の対物賠償保険に修理代を請求できます。見つからない間は、自分の車両保険を使うかどうかを考えることになります。
車両保険の型に注意
車両保険には、補償範囲が広い「一般型」と、補償範囲をしぼって保険料をおさえた「エコノミー型(車対車+限定Aなど)」があります。
一般型であれば、当て逃げによる損害も補償されるのが一般的です。これに対し、エコノミー型は相手の車や運転者が確認できる事故に限って補償する内容が多く、当て逃げは対象外になることがあります。
型の名前や補償の条件は保険会社によって異なるため、保険証券で確認しましょう。
使うと原則3等級ダウン。修理費と、翌年以降3年間の保険料増加分を比較して判断する
当て逃げで車両保険を使うと、原則として翌年の等級が3つ下がります。さらに、事故があった契約として、割引率の低い保険料が3年間適用されるのが一般的です。
そのため、修理費が比較的少ないときは、保険を使わずに自分で払ったほうが、トータルの負担が小さくなることもあります。保険を使ったときと使わないときの保険料の差を保険会社に試算してもらい、修理費と比べてから判断すると安心です。
弁護士に依頼する判断基準
ひき逃げの補償は、使える制度が多いぶん、どれをどう組み合わせるかで迷いやすい分野です。すべてのケースで弁護士が必要になるわけではありません。
たとえば、後遺障害が残りそうなとき、自分に使える保険が分からないとき、犯人が見つかって示談交渉が始まるときなどは、一度相談してみることをおすすめします。
弁護士が実際に行うこと
弁護士に依頼すると、まず、ご自身やご家族が入っている保険を洗い出し、使える補償を整理します。そのうえで、人身事故への切り替えの支援や、政府保障事業の請求書類の作成・提出をサポートします。
後遺障害が残りそうなときは、必要な検査や医学的な資料をふまえて、等級の申請に向けた準備を進めます。犯人が見つかった後は、加害者側との示談交渉や、必要に応じて裁判まで対応することも可能です。
加害者不明の事案では「事故があったこと自体」の立証が争点化しやすく、早期の証拠保全が結果を左右する
加害者が分からない事故では、そもそも車との事故があったのかどうかが問題になることがあります。たとえば、交通事故証明書で「車両単独・転倒」の事故として扱われていると、他の車が関わったことが認められず、政府保障事業の対象外とされることがあります。
車と接触していなくても、車をよけようとして転倒したケースなどでは、車の運行との関係が認められれば対象になる可能性があります。ただ、そのためには事故の状況をきちんと説明できる資料が欠かせません。
ドライブレコーダーの映像、目撃者の証言、現場の写真、受診の記録などは、時間がたつほど集めにくくなります。早い段階で証拠を確保しておくことが、結果に影響することもあります。
費用の心配は弁護士費用特約で解消できることが多い
弁護士への依頼をためらう理由として、費用の心配をあげる方は少なくありません。弁護士費用特約が使えれば、一定の上限まで、弁護士費用を保険でまかなえます。
一般的な特約では、弁護士費用は300万円、法律相談料は10万円が上限とされています。特約だけを使ったときは、翌年の等級に影響しない扱いとなっていることが多いです。
加害者が分からない段階で使えるかどうかは約款によって異なるため、まずは保険会社に確認してみてください。
まとめ|ひき逃げでも、補償を受ける道は残されている
ひき逃げで加害者が分からなくても、健康保険・労災保険、自分や家族の人身傷害保険、無保険車傷害保険、政府保障事業という4つの補償を検討できます。それぞれの役割と使う順番を知っておけば、捜査の結果を待たずに手続きを進められます。
犯人を待っている間にも、期限は進んでいます。政府保障事業に請求できる期間は、犯人が見つかったかどうかに関係なく、ケガについては事故の日から3年です。
「捜査の結果が出てから考えよう」と待った結果、受け取れたはずの補償を受けられなくなることもあります。何から手をつければよいか迷うときは、早めに専門家に相談してみてください。
林総合法律事務所は、ご自身とご家族の保険の洗い出し、人身事故への切り替え、政府保障事業の請求書類の作成、後遺障害等級の申請、そして犯人が判明した後の示談交渉まで、一つの窓口でまとめてお引き受けします。
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よくある質問
Q. ひき逃げで犯人が見つからない場合、治療費や慰謝料はどこに請求できますか?
A. 治療費は、まず健康保険(仕事中・通勤中なら労災保険)を使って支払うのが基本です。そのうえで、自分や家族の人身傷害保険に請求できる可能性があります。保険が使えないときや足りないときは、国の政府保障事業に請求でき、慰謝料も自賠責保険の基準に準じて支払われます。ただし限度額があり、健康保険などの給付分は差し引かれます。
Q. 政府保障事業はどこに請求すればよいですか?必要書類と受け取れる金額を教えてください。
A. 損害保険会社または共済組合の支店などの窓口に請求します。保険代理店では受け付けていません。主な書類は、請求書、人身事故扱いの交通事故証明書、事故発生状況報告書、診断書、診療報酬明細書などです。金額は自賠責保険と同じく、傷害120万円、後遺障害75万〜4,000万円、死亡3,000万円が上限で、実際の額は損害に応じて決まります。
Q. 歩いているときや自転車に乗っているときにひき逃げされた場合、自分の自動車保険は使えますか?
A. 契約内容によってはご自身の自動車保険も使えます。人身傷害保険が車の外での事故も補償するタイプであれば、歩行中や自転車に乗っていたときのひき逃げも対象になるのが一般的です。自分の車に乗っているときだけを補償するタイプでは、対象外になることがあります。同居の家族の保険で補償されることもあるため、家族の保険証券もあわせて確認しましょう。
